害虫は駆除されるために存在しているのだろうか

蜘蛛

害虫駆除をしていると、時にこんなことを思ってしまいます。それは「害虫は駆除するために存在しているのだろうか」ということです。よくよく考えてみてください、害虫は人間に対して本当に迷惑なことばかりしかしません。例えば見た目だけでもグロテスクであるということに加えて、病原菌を運搬するなどの迷惑行為があるため、どうしても人間にとっては邪魔な存在になってしまいます。そうなると必然的に害虫は駆除されるようになってしまうわけですから、このような思考をしてしまったとしてもおかしくはないのではないでしょうか。

害虫自身は駆除されたいとは思っておらず、ただひたすらに自分の生命を全うしているだけだという意見もあるかもしれません。確かに害虫も一つの生命であるわけですから、自ら駆除されたいだなんて思ってもいないことでしょう。しかし、これだけ迷惑なことばかりをする害虫ですから、自殺行為のようにわざわざ人間に駆除されたくてどのようなことを行っているのではないかとすら思ってしまいます。

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仮に害虫が本当に自分の生命を全うすることを考えていたとすれば、人間の周囲には生息しないはずですし、あのグロテスクな見た目も進化してもっと愛らしいものに変わっていくはずです。しかし、害虫は一向に人間に媚びようとはせずに見た目はグロテスクなまま、行動は人間にとって害のあるままという姿勢なわけですから、このような点についても駆除されたくて存在しているとか、人間が駆除という一手間をしなければならないために神が創った存在なのではないかとすら想像を膨らませてしまいます。

現に害虫の多くは人間に駆除されており、害虫もそれに負けじと繁殖をするというループが続いています。最初から害虫は害虫という生き方を選んでいなければ、こんな不毛なループが発生する必要もありませんので、やはりどうやって考えても害虫は駆除されるための存在なのではないかと思うのです。